【マンガ版】四月は君の嘘を読んだ感想【ネタバレあり】

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四月は君の嘘を読んだ感想

先日、映画化・アニメ化までした人気マンガ『四月は君の嘘』をはじめて読み終わりました。

僕は下手の横好きですがギターをやっていることもあって、音楽がテーマとなっているこのマンガに興味を持ったのがきっかけです。音楽がテーマのマンガってあんまりないですし。

それに何かのテレビ番組でワンピースの作者である尾田先生が大絶賛しているということも聞き非常に楽しみにしていました。

そして、いざ読み終わった後で感じたのは

まあまあかな…

といった感触でした。

面白かったのは確かなんですが、言われるほど感動できなかったというのが正直な感想です。

今回はそんな四月は君の嘘を読んだ感想を書いていきたいと思います。

※本記事は読み終わった人向けの記事です。ネタバレを多く含みますのでまだ読んでいない方は本編を先に読むことをおすすめします。







1.演奏描写が奇跡的にうまい

このマンガを読んでまず第一に想うのがピアノやヴァイオリンの演奏のすごさを伝える描写がピカイチにうまいということです。

音楽は当然耳から聞き入れるものであり、目で見て理解するマンガとは表現の場が違います。どんなにうまく表現したとしても実際にマンガから音楽が流れるということはありません。しかし、このマンガのピカイチの描写力によってまるで本当に音楽が聞こえてくるかのような臨場感を味わうことができます。

特にその表現力ですごいと思ったのが観衆の言葉による表現演奏者の心理描写大ゴマによる表現です。

能力バトルマンガではよくありがちな描写ですが、主人公や主だった登場人物の能力を披露するときに下っ端キャラがその能力をペラペラと説明してくれる表現って多いと思います。

そうすることで絵という描写以外に言葉の描写が出ることで読者にその内容が詳細に入り込みやすいようになっています。このバトルマンガの能力を音楽の表現に入れ替えたのがこのマンガです。

演奏するシーンには必ず聴衆の中に解説者がいてその曲調はどんなものか、どんな演奏をしているのかを言葉で自然に表現しています。

その観衆が感じたイメージを読んでいる側も共有することで実際にその場で聴いたような感覚を覚えその演奏に読者を引き込んできます。

観衆のイメージ

©四月は君の嘘を(講談社)

そして、そこにその曲の演奏者の心理描写も綿密に描写されています。

主人公有馬公生が想い人であるかをりや母親のことをどう思って誰のために演奏しているのかこれを細かに表現することでその演奏をさらにカラフルなものへと変えていきます。

演奏者の心理描写

©四月は君の嘘を(講談社)

最後に、その演奏の迫力をさらに追記するかのように大ゴマでの演奏描写が記されます。

特に好きなのが下の画像のシーンで大ゴマにしてはキャラも小さく真っ暗な背景でシンプルに見えますが、だからこそ演者であるかをりに観衆の目が釘付けになり、目を離せられない、そして、奏でられる音楽にしか意識を集中できないさまを見事に表現しています。

大ゴマの描写力

©四月は君の嘘を(講談社)

この大ゴマの描写力によって何度も背筋にゾクッとするような迫力を感じざるを得ませんでした。

こんなにも絵という視覚的な表現に制限されるマンガという中で音楽を表現するその力にはただただ感嘆するばかりでした。新川先生まじでスゲえ。絵うますぎでしょ…と何度思ったことでしょう。

このような表現で音楽が立体的になっているので漫画の中で実際に演奏されている曲を流しながら聴くとさらに臨場感が増します。

2周目に読むときからYOUTUBEで曲を流しながら読みましたが、初めて聞く曲のはずなのに既に知っているかのような既視感があるんです。それほどこの描写力で曲を表現できているのはすごすぎるなあと思いました。

YOUTUBEではこの四月は君の嘘専用の曲がアップされているのでもしまだ聞いていない人は是非聞きながらマンガをもう一度読んでほしいなと思います。

2.自分もピアノを弾きたくなる

このような超絶にうまい演奏描写によってなんだか自分もピアノを弾きたくなってきます(僕はピアノを全く弾けませんが)。

特にかをりと公生がともに演奏したシーンで演奏後に観客の歓声で一杯になるシーンに感動して自分もこんな風に観客を沸かせられたらどんなに気持ちいいだろうかという妄想に浸ることができます。

人は大なり小なり他人と意識を、感情を共有することを生きる欲望として持っていると思います。

その感情の共有は普段の会話や行動からではなかなかできないもので、それがうまくできないからこそ人生に苦しみを感じたり、生きづらさを感じてしまったりすると思います。

しかし、音楽はそれを飛び越えて伴走者とそして観衆と感情を共有できる。それを実際に自分も演奏して味わいたくなってきます。

3.ライバルの存在が物語を際立たせる

もちろんそれができる場面はこのマンガ上でも数多く存在するわけではありません。公生以外にも相座武士や井川絵美といったライバルがいて彼らと必死にせめぎあい、競い合いながらそんな感情を共有できるような演奏をできるように階段を上っていく。

普通のマンガであればライバルには敵対心があり、ライバルにはマイナス要素も含まれているものですが、このマンガのライバルにはそれがありません。

相座も井川も純粋に公生に負けないよう、必死に追いつくようただそれだけを目的として努力を重ねていきます。

嫌みがなく純粋に競い合っているだけ。自分もこんな環境にいたらどんなに人生がもっと色づくんだろうと大人になった自分と重ね合わせてちょっとセンチメンタルになったりします。中学生であるからこその純粋さに心を何度も動かされました。

4.ストーリーは王道。でも…

ここまでその描写力の高さによって非常に高い評価を付けていそうなものですが、冒頭でこのマンガをまあまあだと思った要因はストーリーにあります。

非難を覚悟で言いますが、このマンガのストーリーはあまりに王道すぎて陳腐化してしまっているのだと思います。

病気で死に直面する少女に引っ張られて主人公が暗い過去を乗り越え音楽の道に再び舞い戻っていくというあまりにも王道すぎるストーリーが僕個人にはあまり響きませんでした。

序盤からヒロインであるかをりが病気であることは示唆されていましたし、公生がピアノを一度は捨てながらも完全には捨てきれていない部分も描写されていましたし、その後の展開がある程度読めてしまうのがこの陳腐化に繋がっているのだと思います。

そして、主人公が恋するヒロイン、かをりにもあまり魅力を感じない点にも感動をそがれてしまった面もあります。

自由奔放で主人公を引っ張りまわす少女、そして、その裏には死に至る病と闘っている面もあるという設定がよくあるもの過ぎてストーリーの中でかをりだけがフィクションの世界にとどまっているような気がしてなりませんでした。

いや確かにこんな美少女に無理やり伴走者にさせられたり、夜遅くまで一緒に練習したり、病院に無理やり見舞いに来させたりといった行動は中学生だったらすぐ好きになってしまうシチュエーションですし、その見た目も椿を含め他の女子とは違う透明感のあるキャラクターになっているのはわかるのですがどうしてもマンガの世界によくいるヒロインに見えて仕方ないのです。

もちろん作者側がヒロインの現実感のなさを、ヒロインの理想像としてあえて存在感をうつろにしているのであればその計略に見事に引っかかったことになりますが、それは意図したものなのだろうかという点には疑問符がついてしまいます。

むしろ公生に秘かに恋する椿の方が失敗を重ねていることもあり現実感のあるキャラクターに感じてしまいました(幼馴染に無自覚の恋心を持つキャラというのも王道ではありますが)。

最後に残念ながらかをりは死を迎えてしまうわけですが、かをりに、そして、かをりに恋する公生にそこまで感情移入できなかったのがこのマンガをまあまあと評価するに至った原因でもあります。

単純に読み手である僕自身が大人になって、あるいは現実的な思考になりすぎてこんな感情を抱いてしまったということも原因の一つであるではあると思います。

5.最後の嘘はよかった

ここまでかをりについて酷評してしまったわけですが、最後の手紙で明かした嘘には心を動かされざるを得ませんでした。

もちろん読者の方は皆、本当に好きなのは渡ではなく公生であることはわかっていたとは思うのですが、それを最後の手紙で、そして、タイトルにもある嘘を回収したのは見事だなと思いました。

最初から公生に好きだって言えばよかったじゃんと思った方もいるかもしれませんが、それをしたくてもできない中学生の女の子とという点に逆にリアリティを感じました。

本当は素直に好きと言いたい、本当はもっと一緒に演奏したい、ともに音楽の道を歩みたいなどいろんな思いがあった中で病気によってそれができないことを素直に受け止め、できなかったことを手紙に記す。メールでもなく手紙という表現方法によって。

君が好きです』という短い表現にどれほどの思いが込められていたんだろうと想像するだけで涙腺を刺激してきます。

6.母親は悪役のままでよかった気がする

最後にこれだけは言いたいのが公生の母親が実は公生のことを思って厳しくしていたという事実はどうなのよ!と思ってしまったことです。

自分が死んでしまった後の公生の人生を考えると優しくするよりもピアノで生きていくことができるように厳しく教えなければならない。

こう書くと美談に思えてきて母親も悪気はなかったのだといえなくもないですが、そんな思惑関係なしにひどすぎると思います。

だって公生が自分の音楽が聴こえなくなるほど、『お前なんか死んじゃえばいいんだ』というセリフを小学生にまで言わせてしまうほどの仕打ちを子供にしてきたのにそれが本当は公生のためだったといわれても納得ができません。

もちろんその厳しい教育が始まる前はクライスラーを子守唄に聴かせていたような幸せな日々があったのかもしれませんがそれを上回るほどの仕打ちをしたはずです。

それを公生が辛い過去であるという捉え方を乗り越えて成長するのはかまいませんが、実は美談だったといわれても単純に都合よすぎだろうとむかついてきます。

ですから、せめて最後まで悪役を貫き通してもらったほうがよかったのかなと思います。過去に起こった出来事をネチネチ引っ張られる必要もないのは確かなんですがそれでもなんか納得いかないなあと思ったのがこの点です。なんかこの辺は読者の家庭環境とかにも影響されそうですがちょっと心に引っ掛かりが生じてしまいました。

まとめ

以上、マンガ版の四月は君の嘘を読んだ感想をつらつらと書いてきました。

冒頭で触れたようにまあまあという評価をしてはいますが面白かったのは確かです。その絵のうまさ、音楽の描写力は他の漫画の追随を許さないほど確固たるものがあるのは事実だと思います。

中学生といううつろな時期の一年間に出会った少女、出会った出来事を一つ一つ丁寧に乗り越えていく公生の様をみていると自分の中学生時代を重ね合わせて哀愁というか切ない気分にならせてくれるのは素直にすごいと思います。

もし、万が一この記事を読んだもののまだ本編を読んでいないという方は是非読んでほしいですし、その感想を是非共有したいなあと思える作品でした。

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